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追記からですよ。
肉が焼け焦げたような、苦い臭いが鼻孔を刺激した。
周囲は、どこか頽廃的な雰囲気を漂わせていた。軍隊が引き揚げた後の戦場には、夥しい程の屍体が所狭しと横たわっている。日の傾き始めた空に鴉の群れが滑空しているのが一層不気味だった。
「こうなったら、敵も味方もないもんだな」
独り言のように呟かれたアーサーの声は、しかしちゃんとフランシスの耳にも届いていた。
紅い血の海に蹲る二人の姿は、この戦場で唯一生の灯を灯した存在だった。
「まあな」
フランシスは短く答えた。このような場所では、あまり多くの言葉を口にすることすら気が滅入る。
「ただの肉塊の山だ」
「ああ」
「戦場で真っ当な死に様を選ぶことなんてできやしない。規律と秩序に守られた試合なんかじゃないんだ、戦争ってもんは。それこそ、ここにはあいつの望むような正義もあってないようなもんだ」
あいつ、というのはアルのことかと、フランシスはぼんやりとした頭の中で思う。ああ、確かにあいつは常日頃から正義のために戦っているのだと豪語していたからなぁ、と。
自分は正義のヒーローであるべきだ、正義のために自分は銃を向けているのだ、アルの日頃の謳い文句が頭に反芻する。アル自身、自分の掲げる「正義」というものを手放しで信じているわけではないだろうに。
「気分悪りぃ」
すくっと立ち上がったアーサーの姿を視界の端で捉えたフランシスは、この場を去ろうとするアーサーの背中に声をかけた。
「引き上げるのか?」
「あぁ。お前はどうすんだよ」
「俺は、もう少し」
自分だって一刻も早くこの場所を去りたかった。だが、どうしても離れられないような気分にさせるものがここにはあるような気がしてやまなかったのである。
「火」
「あ?」
「火、持ってるか?」
「ライターしかねえぞ」
「それでいい」
やれやれと、いかにも渋った表情でアーサーは懐からライターを取り出した。
鉄で作られたケースに錆止めの黒い塗装の施してある、四角いライターだった。
「ジッポーか」
「貰ったんだよ」
「アルからか?」
「まあな」
「上等だな、これでいい」
「なにをする気だ?」
「気にするな」
アーサーからジッポーを受け取ったフランシスは、おもむろに立ち上がって近くの屍体の腕を取った。
「おい」
咎めるようなアーサーの声が耳に入る。
しかし、構わずにフランシスは腕を取った屍体を適当な位置に横たわらせた。同様に他の屍体も一所に集め出す。
「止めとけよ」
アーサーは、屍体の腕を取っているフランシスの手を掴んで制止した。
「…今からこの山全部かき集めるつもりか?止めとけ。そういうのはお前の仕事じゃねえだろ」
「俺がしたいと思ったんだ。好きにさせてくれ」
「…あー、そうかよ」
「アーサー、」
「つきあってはやるけどよ、ここの近くだけにしとけよ」
「…別に頼んじゃいねえよ」
先程アーサーに掴まれた手首がじんじんと痺れるようで、なんだか居所が悪くなったフランシスは屍体の腕を強く握りしめた。ぬるりとした生温い感覚が伝わる。屍体の血だった。相変わらず、この感触だけは何百年経っても慣れることはない。
ちらりと、アーサーの刺すような視線を感じたが、気づかぬ振りをする。つくづく、お節介な男だなとフランシスは思う。今だって、気の悪そうな言葉を吐いておきながらこうしてフランシスの成す事にいちいち手を貸す。元々、根の悪い奴ではないのだ。これもアーサーなりの気遣いなのだろうかと思う。優しい男だとは思うが、それを自尊心の厚いフランシスが口にすることは決して無い。
「オイルは?」
「ナフサならある」
「貸してくれ」
フランシスは、アーサーからナフサの純正オイルを受け取ると、目の前に積み上げた屍体の山にまんべんなく振りかけていった。
「…今更、こんなに手厚く送ってやって何になるんだ。こんなの、てめえの自己満足に過ぎないだろ」
「それでもいい」
ごとん、と鈍い音が鳴った。フランシスが空になったオイルのケースを地面に落とした音だった。
「偽善、欺瞞。上等だ。何と言われたって俺はこの戦場に居合わせた以上、こいつらを見過ごすことは出来ない。それに、俺達にはこうすることしかないんだ」
フランシスはその場に蹲って、紅い空を仰いだ。相変わらず、空には黒い鴉の群れが蔓延っていて気色悪い。
紅い日が目に沁みるようで、ひどく眩しい。思わず手で覆って、それでもなおフランシスの目は黄昏の空に奪われたままだ。
「Une bête….」
小さく呟いた声は、しかしアーサーの耳にもしっかりと届いたのか、怪訝そうな目でアーサーがこちらを見た。
「畜生、なんたって歪な世の中だ。何時の世だって、守られるべきはこの腕の中の国民なのに。傷つくのもまた国民だ」
「フランシス」
「いや、わかってる。俺一人がぼやいたってどうしようもないさ、ことこういった国家同士の喧嘩の中じゃあな」
はああ、と震える溜息をついて、フランシスは続けた。
「…いつだって身体の何処かが痛むんだ。それは生まれた時からずっとだ。何百年も前からの痛みだ。それこそ、俺がお前と百年喧嘩してた時だってだ。でも、それは決して俺一人の痛みではないと。俺達、国家の体現者である者の痛みは国民の痛みであると。それに気づいた今でも、俺は、俺達は止まることはできない。戦争っていうのは、」
「そのへんにしておけよ。いまここでそんなこと考えたってしょうがねえだろ」
「……まあな、」
ふう、と息をついてアーサーもフランシスと同じように地面にしゃがみ込んだ。
フランシスはジッポーのドラムを回した。フリントが摩擦して、ぼっとジッポーが点火する。
「焼くのか?」
「ああ」
「…まあ、このまま風化するよりはマシか」
「点けるぞ」
「…好きにしろよ」
「なら、好きにする」
ぱっ、とフランシスは点火したジッポーを屍体の山に落とした。引火性のあるナフサのオイルでそぼ濡れた屍体は、たちまちジッポーの放った炎に包まれた。炎は、黒い煙を上げながら、紅い空に向かってまっすぐに伸びていった。
二人は空を見上げた。
昇る炎の上で、黒い鴉の群れが円を描きながら舞うように飛んでいる。炎は、紅色の空に溶け込むように燃え盛っていた。
二人は、ただの一言も言葉を交わさないまま、その光景を見ていた。目の前に広がる景色は、不気味さを湛えながらも、どこか頽廃的な美しさを持っているようにも見えた。その時、隣のアーサーが何を思いながらその風景を見ていたのかは知らなかった。ただ、フランシスの心を支配していたのは、哀しさと虚しさと、ある一種の愛おしさであった。
戦場の隅に穴を掘った。
燃えに燃えた屍体は白骨と化していた。フランシスとアーサーは、掘った穴に白骨を入れて埋めてやることにした。
それまで、二人は言葉を発することはなかった。空はすっかり暗くなり、辺りは静寂に包まれていた。
「おい、」
沈黙を破ったのは、アーサーの方だった。
「餞はしてやらねえのか」
「…生憎、何かくれてやるものの一つも、お兄さんは持っていないものでね」
「そうかよ」
世話が焼けると鼻を鳴らして、アーサーはいつの間にやら手に持っていた白い花をフランシスに一輪手渡した。
「まだ向こうにもあるぜ」
アーサーが指を差した方向を見ると、確かに清らかな色をした白い花がいくつか咲いている。戦火の中でひたむきに咲く、凛としたしたたかな花だった。
「いや、いい。これで充分だ」
「そうかよ」
「俺にはこれだけだからな」
フランシスは、もう半分ほど土に埋もれた骸を見遣った。
無論、フランシスはこの骸達の顔を見ても、名前などわからない。顔など知りもしない。
だが、名も知らない彼らの姿を、フランシスは恐らく永劫に忘れることはないだろう。自分たちのような国家の身勝手に巻き込まれた哀れな戦士達の姿を。そして、国家のために尽力を尽くした勇敢な英雄達の姿を。
フランシスは、手に持った清廉な白い花を一輪、戦士達の眠る穴の中に添えてやった。
それは、「傲慢で身勝手な国家」としての、唯一の餞だった。己にできることは、すべきことはこれだけでしかないのだと。自らに言い聞かせてなお、消せない罪悪感に目の前が霞むようだった。
「そろそろ、埋めるぞ」
「ああ」
戦士達の骸は、戦場の土に埋もれていく。
フランシスは、人知れず大地に還る戦士達を眺めながら、一人呟いた。
「Au revoir.C'est les héros qui. .........., le nom ne sait pas de fleur pour l'offrir au moins.」
手向けに花を
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後書き
どこかの戰場にて。お互いにお人好しな二人。
ちなみに最後の仏語文章については
「さようなら。せめてもの手向けに花を添えてさしあげましょう、名も知らぬ英雄達よ」
という意味になるように、えきさいとの翻訳で翻訳したつもりですが、果たして合っているのかどうか^^;
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